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2010年9月 5日 (日)

山口辰也選手

9月になっても、35度以上の日が続きいつになったら秋らしくなるのでしょうか?

残暑もさることながら、今週のサンマリノGPは、私にとって猛暑以上に熱くなっております。

皆さんご存知のように、山口選手が走るからです。私は山口選手とイベントに行く機会が

多く、いろいろ話しをしました。

とくに熱く語ってくれたのは「何時になるかわからないけど、二輪ライダーとなったからには

世界で走りたい。いや絶対走る」と力説してくれました。

社長とマネージャーは「辰也を世界に出してあげたい」と常々言っておりました。

当然緑さんは、山口君が世界に出るべく、最前線で各チーム関係に対し、精力的に

動き、働きかけを行っていました。

また、私たち社員全員は、直接何も力になれないけど「山口選手」が、世界の檜舞台で

大きく羽ばたいてもらいたい、と心から願っていました。

モリワキ全スタッフは、山口選手の実力もさることながら、それ以上に人間「山口辰也」

に心からほれ込んでいるのです。

モリワキ全員が願っているから、と言っても現実はなかなかうまくいきません。

しかし、何事にも真剣に取り組んでいる山口選手と、モリワキスタッフの願いを

神様が見捨てるはずがありません。

サンマリノGPでついにチャンスが訪れました。山口選手にチャンスを与えてくれた

神様と社長。マネージャー。緑さん有難う御座います。

特に緑さんはアメリカから帰って、時差ぼけのまますぐサンマリノに向かわなくては

なりません。しかし、チャンスを与えてくれたグレシーニのチームと、山口選手との

交渉の為一睡もせず、朝まで交渉を続けていました。

正式に決まったのは朝の5時です。決まったからといって安堵は出来ません。

飛行機の手配(当日の海外渡航予約は不可能です)をしたり、山口選手に連絡をしたり

大変忙しかったと思います。私が関空まで送る為、迎えに行くとおはようーの挨拶より

先に「山口さんが乗れる事になった」と大声で叫んでいました。

はやく関空に行かなくてはならないのに、山口選手がサンマリノに行く為のチケットの

手配。また空港についた後の段取りをすべてこなし、約30分遅れて関空に向かいました。

さあ、金曜日フリー走行43秒で慣熟走行でした。

土曜日のフリー走行は、どんなに忙しくても社員全員食堂に集まり応援しました。

私は、予選の時レース好きの連中と酒を飲みながら見ていました。

さあ日曜日、私は朝5時頃目を覚まし外に出ました。

空を見て遠いサンマリノまで願いが届くよう見ていると、今まで見たことのないような

とても大きな、そしてきれいなお天道様が上がってきました。

9月5日午前5時38分です。私は山口選手の活躍と安全を、あのきれいなお天道様に

お願いをしました。

山口辰也選手、MD600(モリワキドリーム)を駆って夢と希望に向かって、私たちと共に

走りましょう。


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