原chan BLOG / 血が騒ぐ時
忘れた頃に登場いたします。また昔の話になってしまい恐縮です。
今から約30年くらい前の事だったと思います。
1年に一回必ず来る恐怖のイベント、連日徹夜の祭典「鈴鹿8時間耐久レース」が終わった次の週は、疲れきった体を癒しに紀伊長島のキャンプ場に行くのが恒例でした。但し、このキャンプには暗黙のモリワキルールがあります。食料としてキャンプ場に持って行けるのは米と野菜と調味料のみです。釣りとか素潜りとか、自然と向かい合うのが大好きな集団ですから「おかずは自前で」と言うルールが自然に出来上がってしまいました。もし、食料が確保できなかったら酒の肴は無く、食事はご飯と野菜炒めだけという、恐怖感一杯のキャンプなのです。
さあキャンプ当日天気は上々。しかし出発前にやらなければならない仕事がありました。
諸事情から、発売が大幅に遅れているFX400の試作マフラーを作成し、実走テストを兼ね紀伊長島まで走って行くことになっていました。テストライダーは、厳正且つ不正なくじ引きにより選ばれたのは当然私です。不正なくじ引きとは知らず、テストライダーにもれたスタッフは、腐る事も無く真剣な表情で、エンジンベンチデーターを基に作られた図面を片手に、てきぱきと仕事をこなしています。
試作マフラーは自分好みのデザインに仕上がり、すっかり満足している私の姿を見て製作者もホッとした表情でした。大役を終えたスタッフは、キャンプの準備しているチームに合流しキャンプ道具を車に積み込んでいます。
しかし、テストライダーの私は何故か複雑でした。
私がFX400でキャンプ場まで行くと言う事を耳にした社長は、突然私の伴走者として一緒に走ると言い、CB750を出して来たからです。
当時の社長はレースこそ引退していましたが、フレームテストの為、サーキットを時々走っていましたから「社長についていけるだろうか?」と言う不安と、「久しぶりにライダーとして引っ張ってもらえる」と言う喜びが重なりとても複雑な心境でした。
キャンプ道具を積んだ四輪部隊を送り出し、誰もいなくなった工場で走行前チェックを終え、CB750とFX400は紀伊長島を目指し出発しました。23号線を松阪方面に向かい走り出した私は、社長の背中を追いつつFX400マフラーのテスト項目を順調にこなして行きました。
42号線に入る前に停車し、簡単なマフラーのテスト結果を報告しました。
報告を聞いた社長はうなずき、ヘルメットの顎紐を締め再び単車に跨り、一路目的地を目指しました。私は、出発前思っていた「社長についていけないのでは?」と言う不安もなくなり、さらにこんな遅いペースで良いのかな?と言う逆不安になったが、ペースは相変わらずのんびりムードの楽々ツーリングの雰囲気です。42号線に入ると交通量がすっかり少なくなり、ほどよいコーナーが多くとても楽しい道路です。今のペースに若干不満な私は、前を走っているCB750を挑発してみたが全く動じません。諦めて走っているとアラ不思議、徐々にこのペースに馴染んで来て、テストも忘れがちになるほど心身ともにリラックスして、美しい景色を見ながらすっかりツーリングを楽しんでいる自分がいました。
暫らく走っていると、のんびりムードから一変、荷坂峠にさしかかる手前の直線で前を走っていたCB750が、ワンピースマフラー独特の小気味良い排気音を奏でながら加速して行く姿を見て、「私は来た‼」と声を張りあげ、頭の中をレーシングモードにチェンジすると同時に単車のギャを2速落とし、アクセルを思い切り開け、社長の真後ろにつくとコーナーが迫ってきました。
私は大いに血が騒ぎ、突っ込みで思い切りフロントタイヤをCB750の内側にねじ込み、立ち上がりで抜こうと試みました。
しかし、社長は何事も無かったように1速落とすと、そのままアクセルを開けて加速して行きました。社長と私、は連続するコーナーを慎重且つ大胆にオートバイの醍醐味を充分に堪能しながら走りました。
コーナリング時、私の前を走行しているCB750のリヤタイヤを見ると、ズルズル滑らせながら走っているので私もその気になり、少しずつ滑らし悦に入っていると、社長はタイヤを滑らせながら後ろを振り返り、私の心配をしていましたが、私の走りを見てこの走りであれば大丈夫であろうと判断したのか?ますますスピードを上げ、ヘアピンが連続するコーナーを攻めていくので、私も大いに興奮し懸命に走りました。どのくらい走ったのだろうか?平坦な真っ直ぐの道になり、2台の単車は停止しました。ヘルメットを脱ぎ二人とも同時に笑い始めました。
それもそのはず、気がついたら目的地はとっくに通りすぎ尾鷲まで来ていました。
社長と私は、半分以上戻らなければならないが今度は目的地までおとなしく走ると思いきや、再度激しいツーリング?を楽しみながらキャンプ場に到着したが、まだ荷物を積んだ四輪チームは1台も到着していなかった。
今振り返れば、社長も私も30歳前半燃えて当然ですね。
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