原chan BLOG

2011年11月15日 (火)

原chan BLOG / キャンプ場

キャンプ場に来てから、4輪チームも無事到着し早速設営に取り掛かりました。

各自手馴れたもので直ぐ終わり、早速晩御飯のおかずを獲る為、一斉に海に入り

好きなポイントに泳いでいきました。

私はゴムボートを漕ぎ、社長の向かうポイント付近まで行き船上で待機です。

社長は水中眼鏡に、シュノーケルとモリを持ち手招きで、もう少し近くまでボートを

寄せるように指示すると潜っていきました。

潜水時間は実際1分位らしいのですが、私の感覚では潜ってから5分から6分に

感じるくらい長く感じます。

大丈夫かな?と心配するくらい潜っていた社長が、やっと水面に出てきて

私の乗っているボートにポィット放り投げてきました。

飛び跳ねている魚を見ると石鯛ではないですか。

「ヤッホー、先ずはこれで酒の肴は確保できた」と喜んでいると、社長は

「少し小さかったかな?」と言い残し再び潜っていきました。

期待して待っていると、今度は蛸を獲ってきました。

蛸は気持ち悪く動いて、私の乗っているゴムボートの中を動き回り、私の

ふくらはぎに乗ってきたので、蛸をつかんで引き離そうとしたら、メリメリという

音がして離れたが、ふくらはぎには吸盤が4個ぐらい残っていた。

私がそんな格闘をしている時でも、社長は順調に獲物をゲットして次々と

ボートの中に放り込んできます。私は、鵜匠になった気分になり、もし私が鵜匠

だったら鵜は今潜っている○△×かな?と、心の中で思い一人ニヤニヤしていると

社長が水面に上がって来て手招きするので、今思っていたことがばれたかな?

と少し焦りながらボートを寄せると、社長はK君とH君を呼ぶようにと言い、

また潜っていきました。近くでサザエを拾っていたK君とH君が来ると、3人は立ち

泳ぎをしながら何か打合せをして一斉に潜っていきました。

何だろうと水面を見ていると、3人がかりで獲物をもって上がってきました。

何と巨大なエイでした。ゴムボートに乗せられると、気持ち悪く怖いから

K君とH君に岸まで泳いで持って行ってもらいました。

キャンプ地に戻ると料理に取り掛かるわけですが、女性軍団はご飯と魚の

味噌汁を作り、エイのバラシは新人の仕事です。

問題の酒の肴は、社長がテキパキと石鯛の刺身を作っているので問題なし。

蛸は塩で揉んでぬめりを取り、刺身と茹蛸にしています。

私はFX400マフラーのテストレポートを書き終え、程よく冷えたビールを取り出し

行儀良く肴を待っていると次々と出てきました。

皆はエイを口にして、鶏肉みたいで美味しいと言いながらパクパク食べています。

私は不気味で、あんな恐ろしいエイを何の根拠も板前経験も無い素人が

さばいた物なんか食べられる訳無いじゃあないですか。

しかし、問題はエイに手を付ける事が出来ない私を見ていたS君は

酔って真っ赤な顔を私に向けて「根性なし」とか「臆病者」とか罵るので

仕方なく口元まで持って行き、食べるふりをして後ろに放り投げました。

S君は酔っているので、食べたふりをして後ろに放り投げている事には

気がつかず「美味しかった?」と聞くので「意外に美味しかった。

鶏肉みたいな感じだね?」と言うと、S君は満足げに缶ビールを口元に

持って行きました。私は積極的にエイの皿に箸を伸ばし、口元まで持っていっては

後ろに放り投げていました。お腹も満たされ、程よく酔った男性達はお決まりの

儀式を始めるのです。一日も早く、先輩に追いつき追い越せと夢を見ている連中と、

先輩としての威厳を示さなければならない集団と二手に分かれ、先ず後輩が

根拠の無い自分勝手な技術論を語り始め、それに先輩が答えると言う図式です。

始めは丁寧に答えているのですが、酔う程に全員入り乱れ口角泡を飛ばし、

時には手が出るのでは?と思うほど熱くなり始め、終焉が近くなると言語明良

意味不明みたいな話になって行くのです。それを見届けた女性達は、宴会の

終わりに近づいた事を察知し、せっせと片付けを始めるのが恒例です。

女性は民宿で泊り、男性はテントで一泊します。

酔っ払った連中は、理想と現実が区別つかない話を好き勝手にしゃべりながら

横になり眠っていきました。私も横になり、今日のツーリングを思い浮かべながら

眠りました。朝騒がしいので目を覚ますと、私の寝ている後ろで昨晩と違い

元気一杯のN君とS君がブツブツ言っていました。目をこすりながら起きると、

「原さん汚ネー、結局エイを食べていなかったじゃーないか?」と言うので

「何を言っているんだ。ちゃんと食べるところを皆も見てたではないか」と言うと

「じゃあこれは何?」と指をさすので、目を向けた先には、エイの唐揚げから

蒲焼までそっくり捨ててあり、何も言い訳できなくなった私は、朝日が昇り始めた

ばかりのまだ肌寒い海に向かって思い切り飛び込みました。

しかしそんなことでは許してもらえる訳も無く、当然朝飯のおかずはエイしか

与えてもらえませんでした。


2011年10月21日 (金)

原chan BLOG / 血が騒ぐ時

忘れた頃に登場いたします。また昔の話になってしまい恐縮です。

今から約30年くらい前の事だったと思います。

1年に一回必ず来る恐怖のイベント、連日徹夜の祭典「鈴鹿8時間耐久レース」が終わった次の週は、疲れきった体を癒しに紀伊長島のキャンプ場に行くのが恒例でした。但し、このキャンプには暗黙のモリワキルールがあります。食料としてキャンプ場に持って行けるのは米と野菜と調味料のみです。釣りとか素潜りとか、自然と向かい合うのが大好きな集団ですから「おかずは自前で」と言うルールが自然に出来上がってしまいました。もし、食料が確保できなかったら酒の肴は無く、食事はご飯と野菜炒めだけという、恐怖感一杯のキャンプなのです。
さあキャンプ当日天気は上々。しかし出発前にやらなければならない仕事がありました。

諸事情から、発売が大幅に遅れているFX400の試作マフラーを作成し、実走テストを兼ね紀伊長島まで走って行くことになっていました。テストライダーは、厳正且つ不正なくじ引きにより選ばれたのは当然私です。不正なくじ引きとは知らず、テストライダーにもれたスタッフは、腐る事も無く真剣な表情で、エンジンベンチデーターを基に作られた図面を片手に、てきぱきと仕事をこなしています。

試作マフラーは自分好みのデザインに仕上がり、すっかり満足している私の姿を見て製作者もホッとした表情でした。大役を終えたスタッフは、キャンプの準備しているチームに合流しキャンプ道具を車に積み込んでいます。

しかし、テストライダーの私は何故か複雑でした。

私がFX400でキャンプ場まで行くと言う事を耳にした社長は、突然私の伴走者として一緒に走ると言い、CB750を出して来たからです。

当時の社長はレースこそ引退していましたが、フレームテストの為、サーキットを時々走っていましたから「社長についていけるだろうか?」と言う不安と、「久しぶりにライダーとして引っ張ってもらえる」と言う喜びが重なりとても複雑な心境でした。

キャンプ道具を積んだ四輪部隊を送り出し、誰もいなくなった工場で走行前チェックを終え、CB750とFX400は紀伊長島を目指し出発しました。23号線を松阪方面に向かい走り出した私は、社長の背中を追いつつFX400マフラーのテスト項目を順調にこなして行きました。

42号線に入る前に停車し、簡単なマフラーのテスト結果を報告しました。

報告を聞いた社長はうなずき、ヘルメットの顎紐を締め再び単車に跨り、一路目的地を目指しました。私は、出発前思っていた「社長についていけないのでは?」と言う不安もなくなり、さらにこんな遅いペースで良いのかな?と言う逆不安になったが、ペースは相変わらずのんびりムードの楽々ツーリングの雰囲気です。42号線に入ると交通量がすっかり少なくなり、ほどよいコーナーが多くとても楽しい道路です。今のペースに若干不満な私は、前を走っているCB750を挑発してみたが全く動じません。諦めて走っているとアラ不思議、徐々にこのペースに馴染んで来て、テストも忘れがちになるほど心身ともにリラックスして、美しい景色を見ながらすっかりツーリングを楽しんでいる自分がいました。

暫らく走っていると、のんびりムードから一変、荷坂峠にさしかかる手前の直線で前を走っていたCB750が、ワンピースマフラー独特の小気味良い排気音を奏でながら加速して行く姿を見て、「私は来た‼」と声を張りあげ、頭の中をレーシングモードにチェンジすると同時に単車のギャを2速落とし、アクセルを思い切り開け、社長の真後ろにつくとコーナーが迫ってきました。

私は大いに血が騒ぎ、突っ込みで思い切りフロントタイヤをCB750の内側にねじ込み、立ち上がりで抜こうと試みました。

しかし、社長は何事も無かったように1速落とすと、そのままアクセルを開けて加速して行きました。社長と私、は連続するコーナーを慎重且つ大胆にオートバイの醍醐味を充分に堪能しながら走りました。

コーナリング時、私の前を走行しているCB750のリヤタイヤを見ると、ズルズル滑らせながら走っているので私もその気になり、少しずつ滑らし悦に入っていると、社長はタイヤを滑らせながら後ろを振り返り、私の心配をしていましたが、私の走りを見てこの走りであれば大丈夫であろうと判断したのか?ますますスピードを上げ、ヘアピンが連続するコーナーを攻めていくので、私も大いに興奮し懸命に走りました。どのくらい走ったのだろうか?平坦な真っ直ぐの道になり、2台の単車は停止しました。ヘルメットを脱ぎ二人とも同時に笑い始めました。

それもそのはず、気がついたら目的地はとっくに通りすぎ尾鷲まで来ていました。

社長と私は、半分以上戻らなければならないが今度は目的地までおとなしく走ると思いきや、再度激しいツーリング?を楽しみながらキャンプ場に到着したが、まだ荷物を積んだ四輪チームは1台も到着していなかった。

今振り返れば、社長も私も30歳前半燃えて当然ですね。

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2011年5月17日 (火)

原chanBLOG 「マフラー取り付けイベント」

10年前の私はまだ元気が有り働き盛りでした。

その頃の私はイベントも精力的にこなしていてある時関東のショップへ

マフラー取り付け担当のM君を引き連れ向かいましたが私の心の中は

不安でいっぱいでした。

不安は的中しオープン1時間で注文が次々と入りすでに6台のマフラーを

取り付けることになりました。

その後もドンドンと取り付け予約が入り昼頃にはすでに当日の取り付けが

不可能となりお客さんには次の日の取り付け予約と言う事で納得してもら

う状態でした。

明日も当然同じ状況になるだろうと思い直ぐ会社に電話をして応援を要請

しました。

メンバーに選ばれたのは今も現役メカニックで世界を飛び回っているTメカ

ニックでした。

明日は応援部隊が来る事に勇気付けられたM君の活躍で忙しかった本日

の仕事も終わりホテルに戻りました。

応援を要請されたT君は会社の仕事が終わってから出て来る予定なので

深夜ホテルが分からないと困るので携帯電話を枕元において眠りに付き

ました。

夜中の3時頃電話が鳴ったので今到着したのかと思い飛び切り良い声で

もしもしと出ると相手の声はT君の声ではなく隣の部屋で疲れきって泥の

ように眠っているはずのM君の声ではないか。

私は体の具合でも悪くなったのかな?

昨日はよく動いてもらったからなーと思い優しくどうした?

と聞くとM君は少し焦った声で今ロビーに居るのだがすぐ降りてきて欲しい

と言うので訳を尋ねると実は原さんが部屋に入るのを見届けてから昔の

友達の所に遊びに行ったのだが終電に遅れタクシーで帰ってきたがお金

が無いのでタクシーを待たせているから金を貸して欲しいとの事・・・

私は開いた口が塞がらず言葉を失いかけたが思い直して馬鹿者

そんなの知るかと言うのが精一杯でしたがタクシードライバーにこれ以上迷

惑をかけることが出来ないので渋々ロビーまでお金を持って行きました。

そんな出来事があった次の朝食事をしていると少し遅れてきて何ら悪びれ

た様子も無く今日は良い天気だからまたお客さんがいっぱい来るねと言い

ながらたっぷりと朝食をとるM君でしたが私は余裕のM君を見て心の中で昨

日貸した金は覚えていてくれるのかな?

と少し不安になりました。

一方T君は夜11頃着いていたそうです。

食事後8時半頃ショップに着き準備を始めていると予約のお客さんが来た

ので作業を開始しました。

作業を見ようと除々に人が集まり始め作業現場は人垣が出来ていました。

T君は絨毯の上に単車をおき工具を芸術的に使いこなし周りのお客さんを

引き込む演出をしながら取り付けていきます。

後で店のスタッフから聞いた話ですがTメカニックの無駄の無い動きと流れ

るような作業をみて憧れたお客さんは将来レースメカニックになろうと一念

奮起し勉強を始めた人が居たそうです。

一方のM君もお客さんに見られているのが痛いほど分かるので相当プレッ

シャーを感じている様子で一生懸命作業をしていました。

暫らくしてM君担当のマフラー取り付けが終わりホッとして立ち上がろうとし

ているが安堵感からかその頭上にハンドルがあることをすっかり忘れてしま

ったM君は思い切り立ち上がった瞬間ゴーンとタンクが共振した時のような

鈍い音がしました。

ウヮー痛そうしかし当の本人は強烈な音がしたにも関わらず周りのお客さん

の手前か何事も無かったように平然としています。

そんなアクシデントがあった直後次のM君担当の単車が来るまでの間Tメカニ

ックの手伝いをしたのですが何故か動きがちぐはぐでとても手伝いになりませ

ん。

不思議に思った私とT君が後で本人に確認したところ、頭をぶつけてからTメカ

ニックの手伝いをしたと言う記憶も無く暫らくの間は殆んど気力と本能だけで動

いていたみたいです。

本能で動いたM君に私は少し尊敬の念すら覚えタクシー代をおごってあげる事

にしました。


2011年5月11日 (水)

原ちゃんブログ「メカニック」

高橋修君は崎田君と同じ岩手県出身で且つ学校の先輩です。

彼はモリワキで長い間レースメカニックをやっていた時の経験を生かし故郷

岩手県に戻りレースガレージを経営しております。

大震災に遭遇しながらも彼の家屋は幸い被災を免れたそうですが当然色々

な被害がありこれからが大変だと言っていました。

まだ彼が在籍していた頃の話ですがある時大型ショップで商品の取り付けサ

ービスを行うイベントに参加する事になったのですが時期的に工場は大変忙

しい時で取り付け要員の都合がつきません。

営業部は大変困り悩んだ末レーススケジュールの関係で少し空き時間が出

来た彼に同行してもらいました。       

私はスーパーメカニックを連れて行った手前遊ばせておく訳には行きません。

珍しくスーパー営業マンに変身した私は店のオープンと同時に昨日納車され

たばかりというピカピカのCBR600RRのユーザーからマフラーとスキッドパッド

の注文をとり作業依頼をしました。

彼はニッコリ笑い早速作業を開始しました。私はカウルを置く為の毛布等を

準備してから急いで売り場に戻り再び売り込みを始めました。

次の注文も取れたので作業開始時間の確認にピットに行きました。

彼はレースメカニックの経験をふんだんに生かしものすごいスピードで作業

をしています。

圧巻だったのはスキッドパッドを取り付ける為ホールソーでカウルに穴を開

けるとき型紙も使わずいきなり穴を開けてしまいました。

私はアーやってしまった カウルを弁償しなければと思うと膝の力が抜けて

いきました。

お客さんになんて言おうかと悩みながらもまた次のマフラーの注文をとる為

交渉をしていると真剣な顔をした彼が私の所に来たのでウォー ついにカウル

の穴開けを失敗したと言いに来たかと観念しているとニッコリ笑いながら

「取り付けが終了したので確認してくれる?」

次は何を取り付けるの?と言うでは有りませんか 私は恐る恐る単車を見に

行くとすでにオーナーが満面の笑みを浮かべて単車の横に居ました。

私の顔はオーナーに向けながらも目線はスキッドパッドに向けていました。

あれ完璧に付いているではないですか、しかしどうやったらそんなことが出来

るのだろうか?

オーナーさんが満足して帰ったあと彼にスキッドパッドを付ける時凄かったね

どうしてあんな事が出来るの?

と聞いたらアッと思い出したようにそうだお客さんの町乗りバイクだった。

マシンを触り始めたらすっかり忘れていた。

今度から周りのメカニックのペースに合わせて慎重にやるから気が付いたら

言ってねと言い残し次の作業に取り掛かり始めましたがひとたび作業に入る

や否やハンマーを巧みに使い耐久レースのピット作業そのものになってきた

ので約束通り声をかけると約束事をすっかり忘れた彼は上目使いに私を見

て昼飯までに何本つけるの?

アッそれじゃあもっとペースを上げなくちゃとますますレースメカニックとして

の本領を発揮して行った彼でした。

こんな彼だから立ち直るのも凄いスピードで復活してくれる事を祈っております。


2011年5月 9日 (月)

原ちゃんブログ久々登場です。

久々に登場いたします。

あまり長い間ご無沙汰していた為 会社を辞めたのではないかと思われたの

ではないでしょうか?期待に添えなくて申し訳御座いませんがまだまだ居座る

つもりですので宜しく。

さてこの度東日本大震災で被災された皆様には心から謹んでお見舞い申し上

げます。

私の元同僚であり飲み友達だった崎田君も退社してから郷里の岩手県宮古市

で両親と幸せに暮らしていましたが残念な事に彼の家も津波にのまれ被災して

しまいました。

幸い御両親共に体は無事だったのがせめてもの救いです。

崎田「震災直後に電話をくれたモリワキ社員の方達は一様に何か欲しいもの

があれば言ってくれと言ってくれたがそんなに気を遣っていただかなくても僕は

大丈夫だから心配しないで」

とお断りしていました。

しかし原さんにはと言いつつ彼は一瞬間をおくと声のトーンを一段と下げ暗く押

し殺した声で

「今僕の地元ではガソリンも水も無く食べ物も全くと言っていいほど手に入らない

んだ。他の社員には頼めないけど原さんだけにはお願いが有る。今は特別困っ

ているわけではないが 僕の一番好きな物を送って欲しい。」

私はカップヌードルかな?と思いつつ

「何でもいいから言ってくれ どんなに苦労しても手配するから遠慮しなくていいか

ら言いなさい。」

と少し命令口調になって言うとさっきの暗く低い押し殺したような声から一変し普

段の彼の声より一段と高い声で

「○×銀行の○×支店 普通口座の××番に僕の大好物を一杯送って欲しい。

いくらあっても腹いっぱいにはならないからしっかり頼むね」

と笑いながら言うでは有りませんか。

本当につらく怖い思いをしている当事者なのに自分がつらいところを見せたら余

計に心配をかけるだろうとあんなジョークを言ったんだろうなと想像しながら彼と

100回以上出張に行った先々の夜の思い出が蘇ってきました。

行く先々での思いではいっぱい有りますがあまり面白くない思い出ですが彼には

一番思いで深いと思われるエピソードです。

ある出張先からホテルに戻り近くの居酒屋で反省会をしながら軽く飲んでホテル

に戻ろうとしてもなかなか帰ろうとはしません。

そうなった彼はまるで犬と散歩していて道が気に入らないと腰を下げて四本足で

踏ん張って首輪が抜けるくらい動かない犬みたいです。

最後は私も諦め路地に向かうと全力で走り主人が追いつけず首輪が喉に強く食

い込みゼーゼーヒーヒーいいながら走る犬のようでした。

そんな明るく元気な彼ですから直ぐに立ち直って頑張ってくれることでしょう。


2010年12月20日 (月)

原chan BLOG / 2010 MORIWAKI FISHING GP 最終戦 

今日は釣りGPの最終戦です。

各々チャンピオンを目指し、朝4時30分に出発。一路戦場に向かいました。

現場に到着し、それぞれジャンケンで決まった船に乗り込み、好きな場所を目指し

出発しました。ジャンケンで勝ちあがり、社長の船に乗る権利を獲得したのは初戦

からトップを一度も譲らない”A君”なので、このままトップを走ってしまうのではないか?

と一抹の不安を抱きましたが「こんなものは下駄を履くまでわかりゃーしねーよ」と

気を取り直し船に乗り込みました。私の船は強敵”NK君”と”一発屋S君”の3人です。

強敵”NK君”には、昨年ワラサ75cmを釣られて逆転された苦い経験が有り、また

今年も現在2位を走っている手強いライバルですが、それ以前に”NK君”と”S君”と

3人で協力し、釣れるポイントを探さなくてはなりません。最初選んだ場所は、

ライバル船が集結していたが、あまり良い釣果が得られず、私達は早めに移動し

このポイントで釣ろうと決め、竿を下ろしてはみたがポジション的に潮の流れが

”NK君”有利な方向に流れていて、私は不利なポジションになってしまったが

諦めず、ひたすらあたりの来るのを待っていると、最初にポイント確実なカワハギ

を釣ると、他の2人もポイントにならないカワハギを上げ始めました。我々3人組は、

カワハギ専用の仕掛けではないので合わせが難しいのですが、私の竿と腕?は

鋭く反応するので問題ありません。私は連続で25cm以上のカワハギを釣り上げ、

3ポイントは確実な状況です。

「よし、うまくいくと2位くらいには食い込めるかもしれない」とより一層気合が入りました。

この場所に来て約1時間が経過した頃、コツンとあたりが来たので、思い切りしゃくり

あげ、確実に口の上に針が刺さったことを確認し、ゆっくり巻き上げ始めたが、

そんなに引きがないので「何だ面白くない」と思いながら底から20mくらい巻き上げたら

グググーッとものすごい勢いで引っ張られ、35mまで戻されました。よし、魚は何か

分からないが、大きいことは間違いない。落ち着いて上げようそれから何回も引き

戻したり引っ張られたりしながらも、なんとか魚の姿が見え始めると、船頭さんが

「ウスバハギだ」と大きな声を張り上げ、タモを出すとまた15mくらい引き戻されてしまい

簡単には上がってきません。船頭さんが「この魚は馬力があるから時間をかけないと

切られるぞ」と叫んでいます。私も、魚と力比べは絶対にしないよう慎重に時間をかけ

海面まで引き上げ、なんとか船頭さんのタモに入りました。でかい、これで

チャンピオンに近づいた。私の真後ろの席にいる”NK君”は「ウォー」と言っただけで

一言もほめてくれず、自分の竿先をみつめ、何か願っているような後姿でした。

余裕の私は、一服しながら”NK君”の釣竿を見ていると、グググーと海面に吸い

込まれていきます。最初はカワハギかな?と冷静に見ていたのですが、”NK君”は

「引きが違う。これは鯛の引きだ」と言ったので、若干不安になってきました。

徐々に海面まで引き上げると、赤い色の魚が見えてきたので「外面は良い鯛だね」

と言ったが、心の中では”切れろ、鯛逃げろ”と鯛の応援をしていたが、私の願いも

通じず、残念ながら船頭さんのタモの中に入ってしまいました。しかし、「大きさでは

15cm以上私のほうが大きいから計量が楽しみだな。いくらでもかかってきなさい」

と余裕は見せたものの、内心は穏やかではなくなり焦りが出た為、その後少しも

食いついてきません。

いたずらに時間ばかり経過し、終了の時間が来ました。私と”NK君”は竿を納めた

のですが、一発屋の”S君”は一向に竿を納める気配が無いので「S君ルール違反だよ

時間外に釣っても無効だよウァハッハッ」と上から目線で言うと、未だ大物が食い

ついていない”S君”は「真っ赤な顔になって何なんですか?その勝ち誇った

話しかたは」と、文句を言います。その態度が面白くて”NK君”と二人でからかって

いましたが、”S君”の粘りも効果なくついに終了となりました。

港に戻り、計量の時がやってきました。…君1点…君3点と順調に進み”NK君”の

計量になり、鯛の点数が7点、他の魚で、2点合計9点を取り、周辺からため息が

漏れました。現在トップを走る”A君”の結果は伸び悩み、クエマスの3点のみだった。

そうなると私が逆転優勝だと確信し、計量が始まりました。

先ず大物を計量すると、結果55cmと来たので、”よしやった2と得点表を見ると

35cm以上は記載されておりません。審査委員長の社長に確認を求めたところ、

残念ながら35cm以上は同じ点数だと裁定が下され3ポイントでした。私は、他の魚

でも3ポイントを上げ、6ポイントで逆転の夢は叶わず、はかなく敗れ去り”NK君”の

逆転優勝で私の結果は3位となりました。

N_2 H_2

N H

しかし結果はともかく釣り大会を始めてから面白い現象が現れ始めました。

ほとんどの人達は、自分で考えた仕掛け作りに集中し、いかに魚をおびき寄せる

かがメインテーマで楽しんでいますが、私は仕掛けにはこだわらず、与えられた

仕掛け(市販品)で満足していますが、食いついた獲物は絶対に逃がさない事を

重視しています。

あれ何か感じません?そうなんです、工場の人は遊びでも普段の研究癖が抜けず

新たにいろいろ開発する喜びを感じ、私は営業癖が抜けず、与えられたチャンスを

いかに物にする事が出来るかと言う事に喜びを求めるなんて、絶対職業病ですね。


2010年12月15日 (水)

原chan BLOG / チャンピオンアウトレットセール

”チャンピオン記念アウトレットセール”はとても盛況のうち終了いたしました。

おかげさまで天候にも恵まれ、東は福島、西は熊本という大変遠方からも来て頂き

大変楽しいイベントが出来ました。延べ人数300名弱の方が来てくれました。

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普段、工場で機械とか鉄を相手に真剣勝負をしているスタッフ達が、慣れない

接客をする事になり、オープン当初は接客にシロドモロドで苦しんでいたのですが、

お客さんが気楽に楽しく声をかけてくれるので、最後はすっかり営業マンの顔に

なっていました。このようなイベントには、必ず超マニアックなお客さんが来て

いろいろな部品の質問をしてきます。現役の車両であれば答えられるのですが、

古い廃盤車両に関する質問は、車両と同じで廃盤になっている私の所に来るん

ですが、質問内容も「この年式からここまではこのパーツは適合するが、この年式は

適合可能か?」私にそんなマニアックな質問されても分かるわけが

ないじゃあないですか。私はもっと詳しい常連さんを摑まえ、マニアックなお客さんの

ところへ行き、常連さんがあたかも”社員”になったように懇切丁寧に説明してくれます。

説明が終わると売込みまでしてくれて、おかげさまで私の出番がなくなり、他の

困っているお客さんがいないかフラフラしていると、

あるお客さんから「私がサボっている」と、会計担当をしている女性のMさんに

訴えるんです。

それと、お客さんから「どうしてもこの品物が欲しいのだが、お金が足りないので

押さえておいてくれないか?」と相談を受けていると、やはりなんか悪巧みしている

らしいとチクリを入れるんです。

また私は、お客さんの情熱に負けて、安くしてしまうと横で見ていて、やはり先程

同様「Mさん相談だが安くしすぎているから、休み明け月曜日に始末書を書かせた

方がいいよ」と言った後、ニヤリと笑い、「これがほんとの報連相」と言い、その場を

去っていきました。

お客さんの○○君、さすが私の弟子だけあってジョークが上達してきたね。

報連相でまとめたのはうまかったよ。また、最後の始末書の件だがあれは

今年夏のオークション時私が使ったネタだよね。自分で考えないとだめよ。

私は○○君に後日電話し、「君のおかげであれだけ働いたのに私の評価は

ゼロだった。君のジョークはブラックなんだよ。冗談も程々にしてくれないと、

もう師弟関係はないよ。」と厳しい声で伝えると、○○君は平身低頭(見てないけど)

蚊のなくような声で「ごめんなさい」と謝ったので、私はすかさず「ウソだよハッハッハッ

これが師匠の実力だよ」と電話をきりました。

と言うような人達が多数来場してくれて、とても楽しいセールでした。

今回はお客さんの情熱に負けてしまい、かなり甘柿になってしまいましたが

次回開催時は絶対にシブちんになりますよ。


2010年12月14日 (火)

原chan BLOG / カム研磨機の思い出

2010年12月10日金曜日は、30年近くモリワキエンジニアリングの成長に寄与し

苦楽を共にしてきた”カム研磨機”が再度活躍の場を求めて遠くへお嫁に行きました。

ここ最近、めっきり活躍の場が無くなり、他の最新機械仲間からも忘れ去られ

寂しい思いをしていたのですが、嫁ぎ先が見つかり、復活を目指して旅立って

いきました。あのカム研磨機には、モリワキの歴史と思い出がいっぱい詰まって

います。他の会社に行っても、可愛がってもらうようにしっかり働いてね。

カム研磨機の思い出といえば25年位前のことです。

奈良県出身のO君が入社してきました。配属先は機械加工グループに所属し、

カム研担当になりました。

O君はカム研作業の見習い期間を終え、居眠り出来るくらい余裕が出来た

みたいでした。しかし、居眠りして出来る仕事なんか有る筈がありません。

居眠りしながら作業をしているO君は、いつも先輩に叱られていました。

しかし、すっかりカム研に慣れたO君は、先輩に注意をされた時は大きな目を

しっかり開けているのですが、O君の近くに誰もいなくなると、自然に目を閉じて

しまいます。ある日の午後、事件がおきました。その日の朝、とても重要な

プロトタイプカムを削るように指示されたO君は、緊張して慎重に削り込んで

いきました。作業は順調に進み、2本目3本目と仕上げていくと、徐々に緊張も

解け、いつものリズムを取り戻してきたO君でしたが、昨晩遅くまで遊んでいたのか

いつもの悪い癖が出たのか、つい居眠りしてしまいました。当然のようにカムは

失敗です。O君は「やってしまった。社長と先輩に怒られる。でも素材は未だあるから、

新しく削って誤魔化そう。その前にこのカムを隠さなければ。いつものように古い

カム研磨機の裏側に隠そう」。

O君は、慎重に左右を見て誰もいないことを確認すると、指定の場所にこっそり

カムを隠しました。ホッと息つく暇もなく、突然頭に痛みを感じ、思わず”痛っ”と叫び、

後ろを振り返えると、O君の後ろには何故か社長が立っていたのです。

社長からゲンコツをプレゼントされたO君は、不思議で仕方ありません。

周りに誰もいない事を確認してから隠したはずなのに。なんでだろうか?

実はO君の真後ろに社長が立っていた為、肝心の後ろは振り返らなかったから

わかる筈がありません。社長は、機械の切削音が正常な音と違うので様子を見に

来たところ、O君がやたらキョロキョロして懸命にカムを隠すところまで一部始終

見ていたそうです。その夜、話を聞いた先輩達は、次の日にカム研磨機の裏を

捜索することにしたのですが、何故かカム研を教えた先輩は、捜索に乗り気ではなく、

「時間の無駄だ」とか言って反対していたみたいでしたが、次の日、予定通り古い

カム研磨機の裏を捜索すると、切削オイルを溜めておく場所の中から、失敗した

カムが出てくる出てくる。小判のようにザクザク出てきました。失敗した時、隠すのは

先輩から引継ぎされた訳でもないが、隠し場所は誰も一緒らしく、O君の失敗した

カムより、彼を教育した先輩N君のカムのほうがいっぱい出てきました。

指導したN君は、夕方先輩達が定例宴会を始める前に、ビールとつまみを用意し

先輩の機嫌をとっていました。話し戻ってO君は、社長から「仕事が一人前になるまで

タバコを吸ってはいけない」と止められていましたが、入社前から吸っていたO君は

先輩達が美味しそうに吸っているのを、うらやましそうに見ていました。

休憩の時、一人休憩室を抜け出し、工場の裏手に回り、こっそりタバコを取り出し

火をつけた時、社長と私がO君の方に向かって歩いて来るのを見た瞬間、何処にも

隠す場所がないと判断すると、とっさに火のついたタバコを、パーマのかかった

頭の上に置き、帽子をかぶってひたすら通り過ぎて行くのを待っていました。

普段の社長は、足早に通り過ぎて行くのに、その時に限り社長は立ち止まりカムの

仕上がり状況を聞き始めたのですが、すでにO君の髪の毛は焦げはじめていたから

O君は、答えたくても答えにならず何を言っているのか解りません。

社長は心配して「おっどうした?」と言う間もなく、O君は「アチーアチッチッ」と

叫びながら帽子を取り、髪の毛を手で激しく払っています。そして社長の足元には

火がついたタバコがコロコロと転がってきました。


2010年12月 9日 (木)

原chan BLOG / 人生は楽しまなくっちゃ!

原chan BLOGが引っ越してまいりました。

皆さん宜しくお願い致します。さてさて、新天地での一発目の記事となります。

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12月に入り、私の周辺も何かと慌ただしさが押し寄せてきています。

暮れの慌ただしい中にあって、何が何でもこれだけはエントリーしなくてはならない

行事があります。12月12日日曜日は「釣り大会」の最終戦です。現在トップ~7位

までの差は「4ポイント」という大混戦です。私も何とか最終戦でポイントを取ることが

出来れば、あわや優勝という位置にいます。昨年は楽勝で2位を走っていて

1位を独走する「MS君」と、2位のポイントとは大差がついており、さらに「MS君」は

40cm以上の真鯛を釣って、さらに未だ狙っているという情報が流れてきていたので、

逆転優勝は不可能と判断。2位のポジションを守る作戦に出て、逃げ切りを敢行し

うまく逃げ切ったと思い、余裕で他の船の帰りを待っていました。次々と戻って来る

船から荷物を降ろすのを手伝っていると、「NK君」は余裕の笑みを浮かべ、どうだと

言わんばかりに手渡されたクーラーBOXには、ワラサがはみ出しているではないか。

私の心中は、とても平常心ではいられず嫌なムードが漂い始めました。計量の結果、

やはり「NK君」はワラサ75cmという大物で、7ポイントを獲得して、私は総合ポイントで

抜かれ、3位に転落してしまいましたが、まだぎりぎり表彰台は確保していたのです。

計量で一番最後になった「KS君」は、それまでなにも釣れていないと思わせる様に

厳しく強張った表情をしていましたが、計量の順番が来ると私の顔を見て、

勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべ、声で「ジャジャジャーン」と言い、

スキップを踏むように40cm以上の”真鯛”をクーラーBOXから出してきた。

私は万事休す。結果、二人に追い越されシリーズ4位になった悔しさは、未だ昨日の

事のように思い出します。今年はズバリ”優勝”を目指し頑張って行って来ます。

誰のエサに食いつくかはお魚さん次第ですが、お願いだから真鯛ちゃんだけは

他の人のエサには食いつかず、私のエサだけには食いついてね。

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(写真は第1回大会)

そうそう、今まで釣り大会は必ず土曜日だったのですけど、最終戦はやむなく

日曜日になってしまいました。そう、12月11日は会社の駐車場でガレージセールを

行うのです。いつも8時間耐久レースの時にやっていたガレージセールとは物量が

桁違いです。売るスタッフも、私とは大違いで詳しく説明が出来るプロ集団が控えて

います。私の担当は、将来のモリワキを背負って立つ後輩に、直接ユーザーの人達と

接してもらい、大いに勉強してもらう環境作りがメインの仕事ですが、当然私も

積極的に営業をしますから、気軽に声をかけてください。

私は、ガレージセールのようなジャンルはもっとも得意とする分野ですが、何分にも

遊びがメインの私です。特に、今回は次の日が釣り大会ということで、心ここにあらず

と見えたら遠慮なくそれをネタに大いに脅して値切って下さい。でも、ガレージセール

に来た人達はわかると思いますが、いつものパターンは私が動かず、お客さんが

汗を流しながら、私の代わりに重い商品を陳列したり、移動させたり、一生懸命

働いている姿をみた人達もいっぱいいると思います。ガレージセール独特の雰囲気を

知らない人から見れば、不思議な感覚になると思いますが、来たお客さんは

ある種独特な雰囲気に、本人も知らない間に溶け込んでしまい、お客さんもスタッフも

全員が一体となり、楽しんでやってしまうんです。あの雰囲気を大切にし、今回も

スタイルは変えないでやるから皆、大いに楽しみ笑顔で手伝ってね。

だって、仕事でもなんでも嫌がってしたり、暗い顔でするより、明るく楽しくした方が

雰囲気も良くなるし、お互い幸せになれちゃうんじゃないかな、と思っちゃって

いるんですよ。12月11日は是非、モリワキガレージセールに遊びに来てください。

”心優しいスタッフ”がいっぱい控えていますから、誰にでも気軽に声をかけ大いに

値切って楽しんでください。優しいスタッフは、きっとお客さんが満足できる

提示をしてくれますよ。ただ、私に値引き交渉してもかなり渋いですよ。

でも、心優しいスタッフの所ばかり行かないで、私の所にも来て

渋柿(シブチン)から甘柿(甘ちゃん)にさせるように是非挑戦しに来てください。


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